星の彼方 雲の隙間

声が届かなくても想ってるよ

科学者が船を愛する理由、あるいは祖国を吹き抜ける風の色について

鮮烈な芸術を目撃した。

そうとしか表現できない体験だった。

 


3.5次元音楽朗読劇Reading High

El Galleon〜エルガレオン〜

2020.2.7,8@東京国際フォーラムホールA

 


贔屓の声優さんから出演情報がもたらされたときはただ、「随分力の入った朗読劇だな」という印象だった。キャストコメントなども都度拝見していたが、あくまで朗読劇として面白そうだな、という感想を持っていた。

 


でも私が国際フォーラムで目撃したのは、3.5次元音楽朗読劇という言葉でもなお足りない、奇跡のような芸術だった。

 


面白いものを作ろうと本気で思っている人達がこの作品に集まっていることは会場に着いてすぐ分かった。雄大な海原を感じる波の音、舞台の上に広がる世界観、開場中も観客を飽きさせないナレーション。関わる人達それぞれの希望が上手に企画書にまとまること、それを実現するだけの能力のあるスタッフキャストが揃うこと、信頼と実績に金を出す客がいること。社会人として少し経験を積んだ今なら、これがどれほどの奇跡かは理解できる。

 


これまで様々なライブや舞台作品を見てきた。そこで分かったのは、観客の想像力を適正に信じている人にしか作れないものがあって、そんなエンタメはいつも自由をくれるということ。想像の翼が連れて行ってくれる世界は、とても色鮮やかで豊かだということ。

 


声優さんを好きになり始めて、声だからできること、声にしかできないことがたくさんあるのだと知った。さらにこの2日間で、朗読劇だからこそ表現できる美しい世界があることを心で理解できたことは本当に幸せだった。

 


少し具体的な話をすれば、過不足のない脚本に適材適所で均整の取れた演出で2時間半があっという間だった。メインキャストたる声優さんは衣装こそ着ているが(パンフにデザ画とコンセプトが載ってるの最高だった)マイクの前に立つ以外のことはほぼしない。舞台の力に引き込まれて想像の海に漕ぎ出すと、眼前には無限の世界が広がった。

 


例えば水や炎の演出も使いどころが適切でストーリーがスッと心に馴染んでくる。生バンドのサウンドは波間を漂うように優しく響き、歌声や弦楽器は登場人物の気持ちにそっと寄り添っていた。その全てが丁寧に、心を込めて作られたものだと感じ取るのはとても容易なことだった。

 


そして中でも秀逸だったのが照明演出である。昔から推しているアイドルが照明に徹底的にこだわる人だったこともあって、照明に無限の可能性があることは理解していた。限られた空間を彩る光は使い方ひとつでどんな世界も描くことができる。

 


今回使われたドットイメージも、以前にコンサートで見たことがあった。照明が能動的に具象を表現するという意味でとても革命的な製品だと衝撃を受けた記憶がある。しかし今回使われたそれは格段の進歩を遂げていて、演者がほとんど動かない朗読劇であれば舞台の前面にまで使うことができるのかと心から感動した。

 


さらに2幕で登場した世界初公開の光線を発する機構(名前が分からないw)。これには衝撃を通り越して震えが止まらなかった。中心円から放射状に伸びた棒のようなライトがひとつひとつとんでもない光量を放ちながら縦横無尽に機動する。ただただ圧倒され、何も考えられない程だった。そして何より、素晴らしく強力な機構を備えながら決して過剰にならない演出センスの良さも、文字通り光っていた。

 


リーディングハイというプロジェクトがどういう経緯とコンセプトで名付けられたのかは存じ上げないが、人の五感を超えたところにまで訴えかける演出の数々は恐ろしいほどだった。声と音と光を適切に使えば人は簡単に陶酔し昇天するのだと、抗えぬ神に遭遇したかのような感想は不思議なほどに実感を帯びていた。

 


描かれる物語はナポレオン時代のイギリス海軍と伝説の幽霊船が海上で衝突するところから始まる。娘を失った海軍の英雄ネルソンとその親友カスバート、父王の崩御をひた隠し不老不死の薬を探すジョージ王太子はそれぞれ祖国への誇りを胸に戦争を続けていた。対する幽霊船に乗り込むのはいずれも伝説の海賊として後世に語り継がれたキッド、ダンピア、黒ひげ、そして黒ひげの娘フローチェである。

 


全員が全員素晴らしく魅力的で、それぞれの想いが交錯し前に進んでいくストーリーはとても力強く優しい。3公演の結末はマルチエンディングとなっていたが、私は2日目の昼公演Memoriaが1番好きだった。黒ひげの愛、ネルソン提督の後悔(ソフィーにかける最後の言葉の合間、2秒だけ上を向いたのは演出だったのかそれとも…)、寂しさを隠さないフローチェ、それぞれが痛みを抱えながら信じた道を行く姿に涙が止まらなくなったのを覚えている。さらに言うとダンピアが船を好きな理由を語るシーンは、3公演全体のハイライトとも言えるほど胸に響いた。

 


もうひとつ、ネルソン提督の「祖国とは」を語る演説には毎回圧倒された。人々の心を奮い立たせる声で全ての神経が満たされ、イングランドの海軍が、民衆が、緑の丘に吹き抜ける風が、家族の風景が眼前に押し寄せてきた感覚を忘れることができない。声の芝居だからこそできる、鮮やかで豊かな経験だった。

 


この作品に出逢えたこと、3公演の全てを感じられたこと、エルガレオンを愛することができたこと、その全てがこれ以上ない幸福と自由を与えてくれた。

 


関わった全ての人に心からの感謝を。

美しく広く優しいこの海の何処かでまた会えますように。